「刑事免責」とは、証言した本人に不利に使わないことを条件に、証言を強いる制度です。他者の犯罪に対する捜査・公判に協力する見返りに、自身の刑事処分を軽くする「司法取引」とともに平成30年(2018年)、導入されました。この記事では刑事免責制度について、刑事事件を得意とする福岡・佐賀の桑原法律事務所の弁護士が、分かりやすく説明します。
刑事裁判の証人とは:証拠のひとつ
証人とは法廷での「証拠」の一つです。
刑事裁判では手続きの一つに「証拠調べ」があり、検察側、弁護側ともに行います。証拠には「証人」「証拠書類」「証拠物」の3つがあります。
検察官や弁護人から証人の請求があれば、証人尋問が行われます。
刑事免責とは:不利に使わない約束で証言
刑事免責は、検察官の証拠集めのための制度です。弁護士の関与はありません。
証人は自身の証言を「自分の刑事事件の不利な証拠」として使われない条件で、通常なら自身に不利な証言は拒める権利(証言拒絶権)を奪われます。
検察官が「証言が必要」と判断し、かつ証言してほしい人が拒むことが事前に予測される場合、前もって刑事免責を請求し、証言を強制できます。刑事訴訟法157条の2に定められています。
刑事訴訟法157条の2 検察官は、証人が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある事項についての尋問を予定している場合であって、当該事項についての証言の重要性、関係する犯罪の軽重及び情状その他の事情を考慮し、必要と認めるときは、あらかじめ、裁判所に対し、当該証人尋問を次に掲げる条件により行うことを請求することができる。 |
刑事訴訟法157条の3は、証人が証言を拒んだ「後」に、検察官が刑事免責を請求できるとの条文です。
刑事訴訟法157条の3 検察官は、証人が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある事項について証言を拒んだと認める場合であって、当該事項についての証言の重要性、関係する犯罪の軽重及び情状その他の事情を考慮し、必要と認めるときは、裁判所に対し、それ以後の当該証人尋問を前条第一項各号に掲げる条件により行うことを請求することができる。 |
初めて適用されたとみられるのは平成30年(2018年)、東京地裁での覚醒剤密輸事件の裁判です。
中国籍の男2人が共謀し、国際郵便で覚醒剤を密輸した疑いで起訴されました。
共犯とされる1人がもう1人の裁判の証人として呼ばれ、刑事免責のうえで証言しました。
証言は証人自身の刑事事件で「不利益な証拠」とはなりませんが、そのほかの証拠により、免責証言の対象である犯罪について、有罪になる可能性はあります。
また適用となった証言を、民事訴訟で使うのはかまいません。
刑事免責は「司法取引」と違い、対象となる犯罪に限定がありません。
司法取引は詐欺や贈収賄、恐喝などが対象で、殺人や性犯罪などは除外されています。
「刑事免責」「司法取引」とも導入以降、適用されたのは数件にとどまると思われます。いずれも今後の運用を注視する必要があります。